歴史回廊(遷都):オリエント(ウバイド・シュメル)
言語復原史学会(加治木義博)の研究をブログとして掲載。リンクしている歴史徒然も!http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/
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決め手は天の叢雲(むらくも)の剣、スサノオ=天智天皇

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録27:18頁


 その証拠は、八俣大蛇から得た「天の叢雲の剣」が、

 皇位継承の証しである三種の神器だからである。

 天智天皇はそれを倭国主から手に入れたが、

 それは武器だから仏教女王の斉明天皇の持ち物ではない。

 彼女は慈悲と愛情の標(あか)しである玉、

 すなわち数珠(じゅず)しかもっていない。

 鏡は男王の<ニニギの命>に下賜されたのだから、

 日を管轄する日本国王・天智天皇自身が伝承していた。

 だからこの時の八俣大蛇は前任の男帝以外にはありえない。

 しかし天皇を倒して、

 自分が天皇になったと宣伝したのでは、

 自分の子孫も同じ目に遭う。

 それでは万世一系は望めない。

 だから『日本書紀』は、

 斉明女帝の狂死は書くが、男の天皇の譲位は書かない。

 ただ当時の国民は皆、事実を知っていた。

 だからその人々が非難しない程度の仮名を使って、

 「蘇我入鹿」を退治した、

 ということにしたのが大化改新記事の真相なのである。

 だが後の皇室はそれも許さなかった。

 天智天皇を祭る神社は『延喜式』にもなく、

 現代も近江神宮は官幣社にも国幣社にも入れない。

 天皇家ははっきり区別をつけている。

 しかし彼の故郷・鹿児島県の枚聞神社は彼を祭り、

 祭礼には彼が木(コ)の花開(サク)耶(ヤ)姫と登場する。

 しかし『延喜式』は薩摩国の枚聞神社を小社のうちに加え、

 明治4年に国幣小社に加えたが、

 神社自身も、

 公式には祭神は天照大神か海神か不明の神だとして、

 天智天皇を削っている。

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伯耆(ほうき)の境港から出雲の佐田へ移ったのは誰か?

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録27:17頁


 しかし彼女は出雲にも出水にも引退したりはしていない。

 それはまた別の<大国主>の史実を物語っているのである。

 私たちが既にみてよく知っているものから見ていこう。

 大阪湾国生みの主人公は

 伊邪木和気・履中天皇で<イザナキ>の命だった。

 その子が<天照大神>と<スサノオ>であるはずだが、

 天照大神に近い<青>・<ア>、<海>・<マ>=青海郎女はいるが、

 <スサノオ>に合う皇子はいない。

 その代わり弟に<墨江中王>がいて、

 次の倭王・済(スミ)と同じ発音をもっている。

 かれは讃・珍・済で五王の3番目だから、

 済(ス)三(サ)の王(オ)でもある。

 事実、彼は兄の皇位を奪おうと皇居に放火、

 天皇は阿知の直(あたえ)に救われて逃げ出すという行為も

 また<スサノオ>そのものである。

 しかし家臣の隼人に殺されて、誰も出雲へは行かない。

 では出雲へ行ったのは誰か?、

 移つた跡に必ず残す「<サカイ>や<サカ>→<サタ>」という皇族の移住に伴う

 [地名遺物の定則]を活用すると、

 <伯耆の境港>から<出雲の佐田>へ移った人物が、

 唯一あるだけである。

 しかしそれを『記・紀』はどちらも書かない。

 なぜか?。

 出雲神話と呼ばれてきたものは、

 それを書かないことが「目的」で書かれた「秘史」なのだからである。

 だから当事者は

 『原・日本書紀』を作った天智天皇であり、

 彼に皇位を追われた天皇以外にはない。

 倭国を譲った<倭(オオ)国主>が<大国主>で、

 勝ったのが<スサノオ>・天智天皇なのである。

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卑弥呼を特定する大穴持という名

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録27:16頁


 位宮は卑弥呼の末弟・稚武彦だった。

 武彦=高日子=高句麗王だったことがわかる。

 彼はシベリヤまでを含む「倭国=オオクニ=大国」を姉から譲り受けた。

 <大国主>は殺されたのではなく引退した。
 
 だから<卑弥呼>も殺されたのではなく、

 政権を譲って退位したことがわかる。

 今もその首都の跡、<国分市の姫城>の近くに<大穴持神社>がある。

 ここは『延喜式』にも囎唹郡三座の筆頭に挙げられている。

 <大穴持>=<卑弥呼>なのである。

 彼女は<天照大神>であり

 <天の岩戸>という大穴に隠れたことで有名である。

 そして間もなく死に、

 径百余歩という広大な墳丘をもつ<御霊屋>を築造して葬むられた。

 これが<岩戸隠れの史実>だというのも納得がいく。

 <大国主>の国譲りの記録にまさしく合っているのである。

 これをもう少し追及してみると、

 崇神天皇の10年9月の項に、

 <倭迹迹日百襲姫>が<大物主>の神の妻になったが夫は夜しか姿を見せない。

 そこで明日は顔を見たいので帰らずにいてくれと頼むと夫は承諾して

 「櫛笥(くしげ)を明けて見よ」という。

 翌日いわれた通りにすると夫は<小蛇>になっている。

 彼女は驚きの余り大泣きに泣いて泣き叫ぶ。

 この「大泣き」は「大穴貴や大己貴」を

 <オオナキ>と読んだものに一致するから、

 寓話化の進行過程が見えてくる。

 卑弥呼の史実が<大国主>の要件に一致する点は少なくない。

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オロチ退治でシベリヤまで支配した位宮

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録27:15頁


 だから在来の、高句麗に対する歴史学者の常識は、根本から間違っていたのである。

 それはシベリヤ最東瑞に新<マガダ>国を生んだはど広大な版図をもっていた時期が、

 現実にあったことを現存する多数の地名が立証している。

 それも短期間のものではなく、

 シベリヤ全域に「スク=宿」という町村単位名を

 分布させたほどの、強力な政治力をもっていたのだ。

 だから<スサノオ>が、朝鮮から戻ったという記事を、

 せいぜい韓国へ行って帰ったぐらいにしか考えない解説をするものがあるが、

 そんなものはその学者の評価材料にしかならない。

 八俣大蛇の実体である卑弥呼の領土は、

 <帯>という名乗りが示すものは単なる魏領の帯方郡のみならず、

 <千人の女沙門>たちが<歩き巫女>として

 布教に努めたシベリヤ全域を意味していると

 見なければいけない。

 そこには間違いなく「オビ=帯」河までが現存しているのである。

 そのオビという地名は宮崎県にも

 「妖肥(おぴ)」として今も分布して、

 筑紫・菊池と同じ仲間だと主張している。

 先にご覧戴いたシベリヤの共通地名群はそれを疑わせない量なのだ。

 こうわかると、その版図を所有していた卑弥呼が、

 それを失ったあと領有したのは位宮で、

 彼は間違いなく高句麗王(山上王)の肩書きで呼ばれている。

 彼は新<マガダ>国を含む広大なシベリヤまでを、

 八俣大蛇を退治て支配した<スサノオ>だったのである。

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卑弥呼仏教を立証するシベリヤ最東端の文化財地名

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録27:14頁


 この鬼道の母体が卑弥呼の宗教をどう教えていたか?。

 それはシベリヤ最東端のマガダン州(カムチャツカ半島)が、

 マガダというアソカ王と

 <ソナカ>・<ウッタラ>仏教宣布団の母国名を継承し、

 その地域は今「コリャーク民族管区」と呼ばれ、

 西北部に広大なコリマ(キダン)山脈をもっている。

 マガダン=<マガダ>の。カムチャツカ=<神様塚>。

 <コリャーク>も<コリマ>も=高麗国、

 キダンは「亀蛇の」=<キタ>の=北の。

 そこにマガダン州を形成した仏教徒たちが

 高句麗人たちだったことが一と目でわかる。

 すると<卑弥呼>=<倭迹迹日百襲姫>が孝霊天皇の皇女で、

 父の<漢風諡号>=<贈り名>の名乗りは大日本根子彦太瓊、

 大日=タカ・高、根・子=干支のネ=北、

 太瓊とは<フトダマ>で<フツノミタマ>=<スサノオの神剣>。

 名乗りが高句麗を主体にしていることがわかる。

 卑弥呼の神功皇后としての名乗りにも大帯姫があり、

 それは<倭>と<帯方>という名乗りだから、

 朝鮮半島が領土に入っている。

 総てが<鬼道の正体>が何かを説明しているが、

 シベリヤ最東端の現状と史実が、

 それをさらに強力に教え立証している事実は絶対に見過ごしてはいけない。

 それによって前号でお話しした<7つ頭の蛇が守る東南アジアの仏像>と

 <観世音菩薩>と<卑弥呼>と広大なシベリヤの地名が、

 キダン(亀蛇の)山脈に至るまで、見事に融合するからである。

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八俣大虵に凝縮している卑弥呼とその宗教

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録27:13頁


 では、それはどう凝縮してあるか?

 それを詳しく考えてみよう。

 それは私たちが今、日常使っている壌準語と、

 古代沖縄語発音の3母音語との変換が、

 一番簡単に理解させてくれる。

 八俣大虵という名が、何を内臓しているのか?を題材に選ぶと…

 八  俣  大  虵 (水神)

 ヤ マタ  ウ  チ ウチ ヤマタ

    馬       キ 宇治 山田 ウジャマダ=皇大神宮=天照大神

    バ    大  王  討ち=退治   大邪 馬臺 オオヤマト(8世紀)

  八 幡      貴 内 =内裏 = 大内山  内方=妻(南九州用語)

           木  私・我が家 (関西の婦人用語)

        浮  き  (海人用語)
  オロチ  → オロチョン人→シベリヤ・「スク=宿」などの共通語

              チュクチ人 =チクシ港=筑紫・菊池 などの共通語

  シャーマン =沙門=いちこ・いたこ・歩き巫女=鬼道

  恐れ山=ウスリースク・天降川=アムール河


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名や名乗りは「凝縮した史実の記録」

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録27:12頁


 これは多くの事件も、大観すれば集約されて、それぞれのタイプに分類でき、

 それが<予言>に利用されるのだという事実を、はっきり認識させてくれる。

 私(加治木義博)が

 ノストラダムスの『予言集』や

 ヨハネの『黙示録』の<予言>を使って、

 次々に起こる事件を警告したのも、それが的中したのも、

 同じことであり当然のことだったのである。

 それらの<予言>は、

 まだこれから先も、人類が生存し続ける限り有効に働き役立つ。

 そして過ぎた事件は「的中例」として具体的な記録として、

 教科書として、警告として、厳守すべき憲法として、役立つ。

 現代人である私の著書は「具体的に」書かれているから、

 すでに過去になった部分は現実に起こったそれぞれの事件の歴史として残る。

 古代人が木簡に書いたものは、出来るかぎり短く、要約されて、

 日常茶飯事は誰もが想像で補えるから「総て省略されて」、

 ただ名前や名乗りだけにまで圧縮されて書かれている。

 という差はあるが、

 その性格は、

 私のそれらの著書も『記・紀』も、同じものだと考えると、

 『記・紀』とは何か?という疑問を総括する正しい答として、

 活用することができる。

 だから、そこに特記されている「名や名乗り」は、

 うっかり見過ごしてはいけない

 重要な史実のエッセンス=「凝縮した史実の記録」なのである。

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人類社会に溢れている「国譲り」「八俣大蛇退治」

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録27:11頁


 人間の起こす事件は、要約すれば幾つかの類型に分類できる。

 神託や予言の本質は、この類型集なのである。
 
 この限られた地球上で生活し、

 同じ肉体をもち、

 同じものを食べている人間が、

 同じ生産、同じ経済、同じ政治、同じ駆け引き、同じ災害・異変、同じ喜怒哀楽を

 体験しながら毎日を生きている。

 事件というのは、

 そこにたまたま起こる波乱だが、

 それもまた「同じ類型」に分類できる。

 だからこそ「教育」という手段が生まれ、

 「法律」というブレーキが考案されて、

 迷走し暴走する人間を、少しでも減らす努力をしているのである。

 『記・紀』や『史記』が、教科書の性格をもっているのも、

 また当然のことなのだ。

 だから「大国主の国譲り」も

 「スサノオの大蛇退治」も繰り返し起こる。

 それは現在でも私たちの周りで絶え間なく起っている。

 巨大銀行、巨大自動車メーカー、大球団が潰れたり、

 外人が社長になったりするのもそれだし、

 同時多発テロがアメリカを討ち、

 サダムをプッシュが討ったのもそれだし、

 子供が親を殺すのも極端な例だが、

 やはりその変種なのである。

 それほど極端ではなくても、

 中小企業が潰れて債権者のものになるのも同じ、

 株主総会のたびに経営者が交替する。

 これも国譲りだし、大蛇退治でもある。

 それを予言し、警告している

 『神話』も『記録』も結局は神託であり、

 予言であり、教科書であり、憲法なのである。

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『記・紀』の様式は記録法の文化が生んだ必然的な姿

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録27:10頁


 それでは、『記・紀』の実体はわかったが、

 出雲の史実は完全に無視されてしまうから、

 「史実を復元する」という最も大切な目的から外れ、

 逆に破壊してしまうことになる。

 しかし、記事の本質が神託や予言なら、

 それが的中して現実になった時、

 「誰と誰が何をした結果こうなった。

 見ろ!神託どおりだ!」と誇れるから、

 神託者または予言者にとって最も大切な記事になることは言うまでもない。

 そのために事件が起こるたびに、

 当事者の名、地名、重要品名などが書き加えられているのである。

 何故、名だけか?、それは、1つ1つの事件を具体的に書くと、

 当時の記録は紙でなく木簡に書くのだから大変な量になる。

 だから<ピューティヤ>の記憶能力にあわせて、

 可能な限り字数を少なく要約し、

 今でいえばヒントだけ書き留めたメモ程度にまで、

 圧縮したものにするしかなかったのである。

 そうでなくて、もっと具体的に、事件を記録して残したものだとすれば、

 『記・紀』編纂の8世紀から千年を超えてさかのぼる記録は、

 とても『記・紀』のような少量では済まない。

 『日本書紀』だけでも正倉院に溢れるほどの量になってしまう。

 『記・紀』が神託になったのは決して人為的な細工ではなく、

 他に方法のない当時の文化からくる必然的な結果であって、

 それ以外の選択肢がなかったからに、ほかならない。

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メモ程度にまで圧縮された具体的史実

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録27:9頁


 以上は出土品をめぐる発掘考古学の例だが、

 『出雲神話』と呼ばれてきたものの問題も、

 これと全く同じである。

 それは大学院講義録26で終りではなく、これからが本番なのである。

 政治というものには、こうしたことが起こるから、その時にはこうしなさい。

 またそんな事件を防ぐためには、これこれに気をっけなさい。

 こんなことは、してはならない。

 そんなことをしたら、真似をするものが出ないように、

 こんな罰を課して見せしめにするように…という実例集であり、

 予言集であり、法律集でもあったのが、

 『記・紀』の実体であり目的でもあったことは、

 もうよくご納得戴けたと思う。

 それもギリシャ式の神託の流れを守り、

 神の権威ある教えとして伝え、予言し、

 それが常に的中した実例として、

 天皇たちの歴史を引用したのだという形になっている。

 これが本来の皇室にあった

 『神託集』の原型だったのである。

 だから『記・紀』とは、

 神託に始まった政治哲学の教科書であり、

 予言書であり憲法でもあったのである。

 けれども、

 その素材に使われた史実

 (法律でいえば「判例」に当る)については、

 私たちは、まだ取り上げず、放置したままである。

 これで終っては、『出雲神話』は史実どころか、

 出雲地方とは無関係な伝説や寓話ばかりということにもなってしまう。

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