歴史回廊(遷都):オリエント(ウバイド・シュメル)


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左旋右旋
2008/02/21 00:28


 ○言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録24:4〜6頁
                大学院講義録31:14〜15頁より

 「やむなく寓話化が行なわれた事情」

 寓話というのは、おとぎ話と同じで、教育用に考案された「作り話=フィクション」だ。

 しかし『記・紀』に見るそれらは、史実の裏付けがある。

 だから『日本書紀』編集者たちはそれを歴史書として天皇に

 提出して恥ずかしいとは思わなかった。

 というよりは、それまでの祖国・倭がなくなって日本国になったために、

 支配者の激変で感情の高ぶっている、もと敵国民だった人たちからみれば、

 「国生み」は「国失い」なのだから、

 その感情を刺激して内乱でも起こさせては大変である。

 そのまま書くわけには行かなかったのは当然である。

 しかし現実には、勝者である自分たちには、それこそ最も重要な栄光の歴史なのである。

 本来ならそれこそ特筆大書したい「国の初め」である。

 だからそれは、ありのままには書けないにしても、

 冒頭に何らかの形で書いて置かねばならない、

 掛け替えのない絶対的な貴重な史実である。

 こうした編集者の心情が理解できると、

 寓話化する以外には書き残す方法がなかった事情と感情が、よく理解できるのである。

 それは過去の世界の史学者が一様に「幼稚な世界創造の神話」だと定義していたことが、

 どんなに間違っていたかもまた、はっきり判定できる問題だったのである。

 『日本書紀』の編集者は、神話なんか書くつもりはなかった。

 仕方なく次善の策に従っただけなのだ。

 「男女二神の争いの象徴「玉」と「矛」」

 寓話はお伽話と同じで「教育用」に作られる。

 この寓話はどうか?、よく読んでみよう。

 伊弊諾尊と伊弉冉尊2神は天の浮瑞の上に立って相談して言う。

 「下には国がない」そこで「天の瓊(割り注・この瓊は玉なり、これを努(ぬ)という)矛」を

 指下して滄溟に獲ようと探る。

 その矛のみねから滴った潮が凝って1つの島になる。

 その名を磤馭盧島という。

 そこで2神は降って、その島に居て、ともに夫婦になり、

 洲国を生みたいとのぞみ、磤馭盧島を国中の
 
 「柱(割り注・柱、これを美簸旨邏(ミヒシラ)という)」にして、

  陽(男)神は左旋りに、陰(女)神は右旋りに分かれて、国柱を巡る。

 そして

 *同会一面(会って顔が会った)とき、女神が先に

 「嬉しい。いい青年に遇えた!」というと、
 
 男神は悦ばず、吾(ぼく)が男子だから先に言うのが道理なのに、

 なぜ婦人が先に言うか、今回はすでに不祥事に終ってしまった。

 だから改めて、もう一度、旋りなおそう*と言って、

 やり直したので国と貴子が生まれた。

 というのが『日本書紀』本文の原文に近い訳である。

 まず「瓊」を、わざわざ割り注をつけて「この瓊は玉なり」と断わってあることに注意がいる。

 なぜなら、天照大神と素戔鳴の尊の誓約も、やはり玉と剣が最大の象徴として使われている。

 この二寓話が教えたい真髄は、この二大象徴に込められているからである。

 「国生み」は、戦争か?平和か?の政治哲学論争  

 それは後の『一書』に理由が書いてある。

 *日と月を生み、次に蛭(ヒル)児を生んだが、年すでに3歳に満ちたが脚なお立たず。

 これは伊弊諾・伊弉冉尊が柱をめぐったとき、女神が先に喜びの声を発して、陰陽の道に反した。
 
 それが原因で今、そんな蛭児が生まれたのだ。

 だから船に蛭児を乗せて、流れのままに流し棄ててしまったのだ*というのである。

 一書の数が多く、それぞれ書き方も異なっているが、女性上位は駄目だというのは変わらない。

 他の一事には、淡洲もその時、やはり船で流してしまったと書いてある。

 この寓話がいうのは、男女の二神が国生みをしたが、女性の主張に従うと成功しなかった。

 そこで、やり直して男性の意見に従うと国々と貴子たちが生まれた。

 ということなのである。

 これは何を寓した話なのだろう?。

 キーはあの玉と剣である。

 玉は女性の主張で「平和」の象徴。

 剣は男性の主張で、いうまでもなく戦争である。

 だから女神は「国生み」=支配圏の拡張を平和的に行なおうとし、

 男性はそれでは面倒だと武力による領土拡張を主張した。

 結果は先に実行した女王の方はうまく行かず、後で決行した天皇の方が現実に国土を手に入れた。

 履中天皇の話とすれば、淡路島から出撃して津名は茅沼になり紀の国こなったのに、

 皇后の主張した方法では小さな淡島神社が残っているだけ、ということなのである。

 「人類最大の福音「平和永続の秘密」」

 これで、伊弉諾尊・伊弉冉尊は、本来は女神の伊弉冉尊の方が主で、

 夫の伊弉諾尊の方が従だったことがわかった。

 その神話の真意は旧来の女王制は良く機能しないから、男王制に変えるという論理になっている。

 すると女神が先に行動したことは不思議ではなくて、

 男神がそれを非難して男王制に改めたという経緯が、

 スメル伝来の伝統を変えたということだと判る。

 カリエンの人々は今も各地で女系家族制を守り続けている。

 天照大神伝承と卑弥呼の記録、

 それに続く神功皇后記事と倭国の女帝群もまた、

 女王制の実在を強く立証している。

 その最古の部分が、いまイシュタル以前にまで結びついた。

 そして13世紀の沖縄にも、その代表者がいたことが、

 講義録(院)30最終ページのスケッチで明瞭に確認できた。

 曖昧な在来の論説と違い、本学の立証は不動の証拠群で構成されることが、

 これでよくおわかり戴けたと思う。

 我が国の歴史は3〜4000年後の8世紀になっても『日本書紀』に再録されていたのである。

 そして今、伊弉諾尊・伊弉冉尊の天柱めぐり『寓話』の正体が始めて明らかになった。

 それは天皇制が何故、全世界で唯一、

 最短にみても4〜5000年に及ぶ長い寿命を持ち続けたのかという

 人類最大の理想と福音を答として内蔵している。

 この天柱めぐりを野蛮なSex記事だとか、

 天界に住む「神」が島々を生んだ記録だとする説などは、

 犯罪以外の何者でもない。

 「決定的になった『日本書紀』は天智天皇の政略書」

 この発見と真実確認の真価は、

 「8世紀まで続いた天皇制は女帝制だった」という定義が成立したことである。

 ところが『記・紀』の書く『皇国史観』は、

 5000年を超えるどころか、せいぜいが2000年の「神武紀元」でしかない。

 しかもそれは冒頭にスメルの神々を換骨脱胎した神代七神を載せ、

 伊弉諾尊・伊弉冉尊2神の論争を特記して、男帝制の優位を主張する。

 これは明らかに、斉明天皇を退位に追いやって皇位につき、

 男帝制を日本帝国の基本とした天智天皇の企図である。

 他に同じ必要に迫られた為政者がいるか?詳しく検討してみても、

 多数の主張者がいる藤原不比等説も誤解ばかり多く、全くの時代錯誤で了承できない。

 こうみてくると大化に滅びた倭国は、途中ギリシャやインドの血を交えたが、

 スメルから延々と続いた女帝皇室だったことが判るが、

 その歴史は皆、焚書の憂き目に遭ったことが、これで確認できる。

 『日本書紀』が大化改新の際、蘇我氏が焼いたと書く国史や帝記などは、

 間違いなくスメル以来の女帝倭国の歴史と系譜だったのである。

 そのため一方では天照大神として最高神の位置に据えられているのに、

 女帝としては何の記載も残らない卑弥呼の謎は、

 何が原因だったか?これで、はっきりしたし、

 『記・紀』とは何か?という論争にも決定的定義が成立した。

 我が国の建国史は、始めて正しい出発点に立つことが出来たのである。



 ●岩波文庫「日本書紀」補注より

 芸文類聚(天部)所引の白虎通に「白虎通曰…天左旋、地右周、猶君臣陰陽相対向也」とある。

 がこの説話が記紀に記載されているような形に成文化されるに当たっては、

 中国の男尊女卑道徳思想に潤色された形跡がある。

 紀の本文および記によれば、男神が左より旋り女神が右より旋ったのち、

 女神が先唱したため負傷の結果を生じたということになっているが、

 紀の一書には、男神が右より巡り女神が左より巡って失敗したのち、「復巡柱、陽神自左、陰神自右」して

 はじめて成功したと記されている。

 このような異伝の生じた事情につき、安田徳太郎は、医心方廿八所引洞玄子に

 「夫天左転而地右廻。春夏謝而秋冬襲。男唱而女和。上為而下従。此物事之常理也。…故必須男左転而女右廻、

  男下衝女上接。以此合会乃謂天平地也矣」

 とあるに着目し、左旋右旋に中国の男尊女卑道徳の則った性交体位の規範が投影していると解した上で、

 記および紀の本文の所伝は誤って左右を倒置した記述であり、

 それを中国思想に正しく合致させたのが紀の一書の所伝である、とした。

 ただし、この解釈を採るとしても、このような性道徳が男尊女卑道徳の確立していなかった古代日本において

 現実に規範力をもっていなかったであることは、

 高橋鉄により指摘されているところの法隆寺金堂楽書の女性上位の性交図に微しても確認できよう。


カテゴリ:『記・紀』の解説

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