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   歴史回廊(遷都):オリエント(ウバイド・シュメル)
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 太安萬侶と多人長をめぐる謎と答

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録25
   :32頁

 会員から大学院講義録24の「太安萬侶の布屠」を、

 も少し詳しくというお問い合わせがあったので、

 ここで追加申し上げる。

 安萬侶をあれほど宣伝して彼の子孫であることを誇りとした

 多人長らが

 何故?名誉ある「太」姓を捨てて多に変えたのか?という疑問に、

 答が完備している。

 「姓・かばね」は「八種(やくさ)の姓」制定で

 御存知の通り自称ではなく官製である。

 以後官位に付随して認定されたもので、

 地位偽称の恐れがあるところから、

 自称も改姓もできなかった。

 だから人長らが許可されたのには、

 それ相応の理由が必要だったのである。

 太と多を比較してみると、

 漢音は双方「タ」。

 和訓も双方「オオ」。

 異なる点はただ一つ「太」が「フト」と読めることだけだ。

 だから人長らが嫌ったのは、

 その「フト」だったと解るのである。

 その「フト」が意味するものは布屠だけで、それは僧侶のことだから、

 官製の「太」は、その「フト」に対して与えられたもので、

 安萬侶の本来の地位を表わしている。

 しかし大化大戦敗北により、仏教徒は排斥されて東北に逃げ、

 あるいは関東に追いやられて去り、

 僅かに残っていた者が天武天皇によって救済されたのである。

 ごく下級の太安萬侶が登用されたことは、

 僧は漢文の経典を学んでいる。

 その才能を修史に利用するため以外は考えられない、

 これが安萬侶と人長らに山積する謎を一挙に全部解く、

 唯一の明瞭な理由で証拠なのである。

 『語句説明』

 『歴史書一覧』

 『太安萬侶』

 『本姓』

 『官位』

 『改姓』

 『漢音』

 『和訓』

 『大化改新』

 『天武天皇』

 『関連語句』歴史回廊(遷都)

 『ウバイド』
 『フェニキヤ』

 『地図』

 出典:小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書
 『メソポタミア世界』

 出典:Category:Mesopotamia - Wikimedia Commons
 『Category:Mesopotamia』

 『参考』
 歴史徒然:日本の誕生・日本語のルーツ・ウバイド・ウワイト・遷都

 小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書

 オックスフォード大学東洋学科シュメル文学

 シュメール古代史:Ancient Sumer History in Mesopotamia

 『テル・コサック・シャマリ』

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 『メソポタミア』
 『古代オリエントの地名一覧』
 『メソポタミア神話』
 『古代オリエントの用語一覧』
 『必見メソポタミア文明情報サイト』 

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

オリエントより日本への遷都(ウバイド・シュメル) | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2008/07/24(木) 00:18)

 『記・紀』は倭国と日本の2国の『正史』

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録25
   :31頁

 百済は、天智天皇=金春秋が半島百済を滅ぼしたあと、

 本国の大阪百済まで滅ぼしたから、新羅とは仇敵中の仇敵である。

 かつては魚をトーテムにするイオニヤ人だった人たちの中で、

 最も大きかったグループ、

 それが百済だったから、

 鯨が最大の魚として扱われていたことは想像にかたくない。

 クダラとクジラが共通だったことは、

 百済の尺度が「鯨尺」と呼ばれている事実でも納得がいく。

 その百済の当て字がモズミと読まれて、
 
 百舌鳥耳と当て字された土地に、

 仁徳・履中2天皇陵が現存している。

 『原・日本書紀』が嫌い、憎んだのが何だったかを、

 これも明瞭に物語っている。

 百済倭国は鯨なみに超大国化していたのである。

 新羅はシラギで南九州語ではヒラキッ。

 開聞とか枚聞と当て字して薩摩に首都跡が実在している。

 その鹿児島県全域が『旧唐書』の記録した

 「もと小国の日本」の記載に全国でただ1か所だけ合う。

 その王家もまた福岡の白日国、

 半島の新羅という壹與以来の領地をもち、

 倭国の地方ではないが、倭国連邦の一員として、

 倭国に人質を送り、政治に参画していた。

 その政情は江戸時代まで続いた封建制度と、

 ほとんど変わらない。

 大化改新に登場する中ノ大兄ノ皇子とは、

 福岡の古名「那珂」を領地にもつ

 「日本国の大兄皇子」という意味である。

 『古事記』と『日本書紀』の原本は、

 もともとこの2国の『正史』だったのである。


 『語句説明』

 『百済』

 『』『金春秋』=武烈王

 『新羅』

 『イオニア』

 『魚』

 『鯨』イサナ

 『鯨尺』

 『トーテム』

 『仁徳天皇陵』大仙陵古墳

 『履中天皇陵』上石津ミサンザイ古墳

 『旧唐書』

 『大化改新』

 『那珂』

 『古事記』

 『日本書紀』

 『正史』

 『関連語句』歴史回廊(遷都)

 『ウバイド』
 『フェニキヤ』

 『地図』

 出典:小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書
 『メソポタミア世界』

 出典:Category:Mesopotamia - Wikimedia Commons
 『Category:Mesopotamia』

 『参考』
 歴史徒然:日本の誕生・日本語のルーツ・ウバイド・ウワイト・遷都

 小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書

 オックスフォード大学東洋学科シュメル文学

 シュメール古代史:Ancient Sumer History in Mesopotamia

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(2008/07/24(木) 00:17)

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