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| 胞 |
○言語復原史学会・加治木義博:大学院講義録25:26〜27頁より
・『記・紀』の三皇子生みの徹底的な相違点
『古事記』の嶋名は淡道で、
『日本書紀』が淡路島と明記しているのに対し、どこの島を指しているのか不明である。
これも重視しなければいけない。
『日本書紀』はそれに続けて、大日本豊秋津洲を生み、
次に伊橡二名洲、筑紫洲、
次に隠岐洲と佐渡洲を雙生児として生む、
というふうに可なり『古事記』と違っている。
が、さらに違っているのは、この後に、引き続いて海を生み、山川草木を生んだあと、
「天下の主を生まなくては…」と話し合った上で、
日の神・大日霊の貴(おおひるめのむち)を生んだが、
その子は「光華明彩・六合のうちに照徹」した。
次に月の神を生み、次いで蛭児(ヒルコ)を生んだが足が立たないので船に乗せて捨て、
その次に素戔鳴(スサノオ)の尊を生んだと書いている。
『古事記』はこの3貴子は、
イザナミが死んだあと、イザナギが禊(みそぎ)をした際に目鼻を洗ったとき生まれたとする。
イザナミが生んだ子供ではないと、はっきり断わっているのである。
特にその名に注意がいる。『古事記』の3貴子は、天照大御神・月読命・建速須佐之男命である。
『日本書紀』のそれと見比べてみていただきたい。
これは『古事記』と『日本書紀』の三貴子が、別人であるという動かぬ証拠なのである。
最高の崇拝対象だった天照大神でさえ、
天照大御神と大日霊の貴という2人の「別人」なのである。
『古事記』 :淡道・淡道之穂之狭別嶋・伊豫之二名嶋・筑紫嶋・伊岐嶋
『日本書紀』:淡路島・大日本豊秋津洲・伊橡二名洲・筑紫洲・隠岐洲・佐渡洲
『古事記』 :三貴子(天照大御神・月読命・建速須佐之男命)
『日本書紀』:三貴子(大日霊の貴・月の神・素戔鳴の尊)
・既刊『記・紀解説書』の情けない実態
当然その兄弟の月神もスサノオも別人であることはいうまでもない。
在来は同一の神々だとしてきた三貴子が、
『記』と『紀』では2組の全く別人だったことが明瞭に見分けられる。
いや見分ける必要がある。
何故ならそれは鋭く精密な頭の持ち主には、『記・紀』』自身が、共に相手を強く意識して、
それを特記し、激しく自己主張しているのだからである。
それに気づかなければ、『記・紀』を読んでも何にもならない。
両者が何を訴えたいのか、よく理解して始めて史実が浮かび上がる。
『記・紀』を同一の歴史の記録だと思い込んで、その決定的な「対立」にさえ気づかぬようでは、
とても史学者の中には入れられない。
彼等の著書は、『記・紀』の、
それもこの巻頭第一の主題である『三貴子生み・国生み』の部分で、
逃げ隠れできない見落としとミスを重ねた、醜態を露呈したものばかりである。
本来なら激論すべき部分を、
何の不審も抱かずに解説している既刊書の著者らがどの程度の人物か、
判定するのに手間ひまはかからない。
解説は饒舌であればいいのではない。
量でなく質である。肩書きの維持に汲々としていたサラリーマン教育者の、
小遣い銭稼ぎの著作だとみるしかない。
能力の限界を自覚できない者の高望みが、不相応な肩書き詐称と雑本を生んだのである。
お暇があれば鋭い御眼力で、ご蔵書をご再検いただきたい。
●岩波文庫「日本書紀」補注より
ここの胞とは、第一子の意であろう。
南セレベスや、バリ島やスマトラなどで、胞は兄または姉と信じられ、
生児を守護すると思われている。
当時の日本語ではア行のエeとヤ行のエyeとの区別が明確であったが、
胞(エ)はヤ行のエyeの音であり、兄(エ)もヤ行のエyeの音で全く同音。
よって胞(エ)と兄(エ)との起源は同一と見られる。
つまり前記のオセアニアの島々に行なわれるような観念が、
古く日本にも存在したものと思われる。
従ってここは「淡路州を胞(エ)つまり兄(エ)即ち第一子として生んだ」の意。
しかし第一子は生みそこないをするという当時の伝承がある通り、
その第一子は生みそこないであったので、
その第一子にアハヂ(吾恥)の島と名づけたという意(これはアワヂ島という、
当時すでに存在していた島の名の地名起源説話の一つがここにからんだもの)。
意に満たないので、この島は、おそらく流し捨てたのであろう。
ここでは淡路州は大八島州の数に入つていない。
この部分は古事記のヒルコの話に相当する。
テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術 |
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(2008/02/26(火) 20:21) |
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