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   歴史回廊(遷都):オリエント(ウバイド・シュメル)
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 徹底してイザナキを嫌った天智天皇の『日本書紀』

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録25
   :30頁

 だから『原・日本書紀』は、

 倭の五王系の国生みを否定していたのである。

 それは代々のイザナキの当て字にも明瞭に現われている。

 履中天皇の名乗りをみると

 『古事記』の伊邪木和気ではすぐイザナキだとわかるので、

 『日本書紀』は、わざわざ難しく去来穂別と書く。

 垂仁天皇皇子のイザナキも、

 『古事記』は

 印色入日子だから印色はイシキと読めるのに、

 『日本書紀』は

 五十瓊敷入彦で、これがイザナキとはとても思えない。

 ところが鹿児島市の伊敷神社は祭神を印色入日子と書くから、

 イシ=石=イサ、助詞のナ、キと、すぐイサナキに復元できる。

 すると崇神天皇の五十瓊殖も、

 殖はシキだから五十瓊は印=イ、

 やはりイシキが本当の名乗りで、

 崇神天皇もイザナキだったことがわかる。

 この事実は、『日本書紀』が、

 イザナキが世襲の名乗りであることを、

 できるだけ隠して、できれば抹殺しようとしたことを、

 僅かな例をとらえても、

 こんなに揃った証拠があがって、

 完全に暴露してしまったということなのである。

 では、何故?天智天皇はそんなにイザナキを嫌ったのか?、

 それを探ってみよう。

 イサナはシバの名が語源だったが、

 我が国の古語では勇魚と当て字して

 「鯨」の別名として使っている。

 イサナ=鯨なのである。

 それなら百済もクジラを意味するから、答が見える。

 『語句説明』

 『イザナギ』

 『天智天皇』

 『日本書紀』

 『古事記』
 『履中天皇』

 『垂仁天皇』

 『五十瓊敷入彦命』印色入日子

 『百済』

 『鯨』イサナ

 『鯨尺』


 『関連語句』歴史回廊(遷都)

 『ウバイド』
 『フェニキヤ』

 『地図』

 出典:小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書
 『メソポタミア世界』

 出典:Category:Mesopotamia - Wikimedia Commons
 『Category:Mesopotamia』

 『参考』
 歴史徒然:日本の誕生・日本語のルーツ・ウバイド・ウワイト・遷都

 小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書

 オックスフォード大学東洋学科シュメル文学

 シュメール古代史:Ancient Sumer History in Mesopotamia

 『テル・コサック・シャマリ』

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 『メソポタミア』
 『古代オリエントの地名一覧』
 『メソポタミア神話』
 『古代オリエントの用語一覧』
 『必見メソポタミア文明情報サイト』 

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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(2008/07/23(水) 08:29)

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