歴史回廊(遷都):オリエント(ウバイド・シュメル)
言語復原史学会(加治木義博)の研究をブログとして掲載。リンクしている歴史徒然も!http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/
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『記・紀』は絶対に『説話集』ではない

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録27:21頁


 では『記・紀』は「説話集」なのであろうか?。

 『日本書紀』は持統天皇まで書き、

 後になるほど正確な記録の量が殖える。

 また神代部分も「一書」をみると、

 記事にかなりの違いがあるものの全体像は同じである。

 当時の情報の伝わり方を考えると

 それらは現実にあった事件の記録だと証言している。

 だから石比売の嫉妬も説話ではなく史実だとみるしかない。

 この結論には、もう1つ強力な証拠がある。

 それは<安寧天皇>以下、

 <開化天皇>までの7代が事件記事を全くもたず、

 在来の学者から「欠史天皇」と呼ばれていた事実である。

 ところがもうお判りのように、

 <孝霊天皇>は経津(ふつ)主と

 「フツのミタマの持ち主」として実在が確認でき、

 孝元天皇=彦国牽(ひこくにぴく)も、

 「崇神天皇紀」の彦国葺(ひこくにぶく)と

 同一人だとわかっているから欠史ではない。

 それに説話集なら幾らでも記事は書けるから、

 欠史天皇をそのままにしておく必要はない。

 それが書かれずにいるのは、

 『記・紀』は「説話集」ではないという強い証拠なのである。

 それなのに頭から「『記・紀』は「人造亡霊だった」とか

 「日本書紀は8割がウソだった」

 (原田常治『古代日本史』)というようなことを、

 自慢げに書いた本が実在する。

 そんな人の書いたものを信じる人がいると思うと、

 ただでさえ軽蔑されてきた日本人と皇室は、

 その噂だけで、世界の片隅へ追いやられ、

 テロの手頃な標的にされることになる。

 『関連』

 『社団法人 日本オリエント学会』

 『地図』

 出典:小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書
 『メソポタミア世界』

 出典:Category:Mesopotamia - Wikimedia Commons
 『Category:Mesopotamia』

 『参考』

 歴史徒然:日本の誕生・日本語のルーツ・ウバイド・ウワイト・遷都

 小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書

 オックスフォード大学東洋学科シュメル文学

 シュメール古代史:Ancient Sumer History in Mesopotamia

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 『メソポタミア』
 『古代オリエントの地名一覧』
 『メソポタミア神話』
 『古代オリエントの用語一覧』
 『必見メソポタミア文明情報サイト』 

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