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   歴史回廊(遷都):オリエント(ウバイド・シュメル)
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 当時の深刻な政治情勢と国民感情の記録

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録23
   :6頁

 「ナアンダ!『古事記』は『日本書紀』を写した焼き直しだったんだ!」

 で終ってしまいそうなこの定義が、

 実はもっと深刻な高度の思想的陰謀?!ともいうべき、

 この書き直しを実行させた

 A.D.720年当時の

 深刻な政治情勢と国民感情を記録していたのだ、

 ということを、我が言語復原史学会の皆さんは、

 権威にかけても見逃してはならないのである。

 こう見ると、

 『日本書紀』が完成してそれを読んだ人物が、

 『日本書紀』の内容に我慢ができず、

 「本当の歴史は、そんなものじゃない!」と、

 憤然と書き変えた様子が眼に浮かぶ。

 だから『古事記』が後でできたのは当然すぎるくらい当然で、

 不思義など全くない。

 天皇の数と順序が全く同じなのも、

 同じ歴史を訂正したのだとわからなければ、

 書き替える意味がないから、これまた当然である。

 ではいったい誰が?

 そんな書き変えをしたのか?。

 『古事記』の序文には、天武天皇が、

 「朕聞く、藷家のもてる帝紀および本辞、

  すでに正実に違い、多く虚偽を加うと」

 といって稗田阿礼に

 帝皇日継と先代旧辞を読み習わさせたが、

 しかし運が移り世が異なって、

 その事を実行されなかったと書いてある。

 天武天皇も書き変えを考えたが、

 実行はできなかったと明記してあるから、

 書き変え実行者は天武天皇ではない。

 『語句説明』

 『記紀』

 『古事記』

 『日本書紀』

 『天武天皇』

 『稗田阿礼』

 『帝紀』

 『天皇記』

 『旧辞』


 『関連語句』歴史回廊(遷都)

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(2008/08/20(水) 08:55)

 深刻な思想的理由が見えてきた『古事記』誕生の動機

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録23
   :5頁

 これを、『古事記』が引用したのはこの部分だけで、

 他は別だという考え方ができるように思う人もある。

 しかし、すでに見たように天皇の配列が、

 『日本書紀』『古事記』ともに、全く同一である。

 ソナカ=仲哀天皇が、

 史実とは違った位置に挿入されているのに、

 それも同一ということは、

 『記・紀』のどちらかが、

 他方を複写しない限り、絶対にありえない。

 ではどちらが、後から写したのか?。

 その答がこの磤馭盧(インギョラ)と

 淤能碁呂が決め手になって確定した、

 「『古事記』は『日本書紀』を複写したものだ」

 という定義を、さらに強く支える

 「動かぬ決め手」なのである。

 これでおわかりのように

 『古事記』が先か?

 『日本書紀』が先か?という問題は、

 本当は「どちらがどちらを写したか?」

 という問題だったのである。

 どちらが撰上時期が早かったか?といった、

 スポーツの勝敗のような

 単なる時間の前後をいう浅薄な問題ではない。

 だからこれまでは考えられたこともない問題、

 「『古事記』はなぜ?

  『日本書紀』と同じ歴史を、

  内容を変えて作り直す必要があったのか?」

 という深刻な思想的理由を

 新たに探求し直されなければならないのが、

 この定義が要求する次の重要課題なのである。

 『語句説明』

 『記紀』

 『古事記』

 『日本書紀』

 『淤能碁呂』オノゴロ島



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(2008/08/17(日) 11:05)

 『日本書紀』の磤馭盧(インギョラ)を淤能碁呂と誤訳した『古事記』

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録23
   :4頁

 この重要な磤馭盧(インギョラ)という当て字を

 『古事記』は、

 磤(イン)とは石斧のことだと考えて、「オノ」と翻訳してしまい、

 馭盧(ギョラ)を「ゴロ」と勝手な読み方にしてしまって、

 淤能碁呂という当て字に書き変えている。

 これを在来の学者は、

 「おのずから凝ってできた島という意味」などと思いっきで解説して、

 それがもつ重要な本当の意味を滅茶滅茶にしてしまっているが、

 これはインギーラという

 卑弥呼仏教系のパーリ語の名が先にあり、

 それに『日本書紀』編集者が当てた

 磤馭盧(インギョラ)という当て字がなければ、

 淤能碁呂という当て字など絶対に生まれない。

 このときの

 伊弊諾・伊弉冉は伊邪木(イザナキ)和気=履中天皇と皇后だから、

 八幡大菩薩=応神天皇の孫で仏教徒である。

 巴利国から出たパーリ語人だから、

 帝都をインギョラ・インギーラと呼んだのは当然のことで、

 今なおそこには津名の地名が残って、生き続けている。

 これを逆にして見ても、

 淤能碁呂という当て字から

 インギョラ・インギーラという発音は絶対に生まれないから、

 天の御柱めぐりの寓話も生まれないし、

 津名という地名が生まれて残ることなど絶対にありえない。

 だから

 『古事記』は『日本書紀』を書き替えたものだ、

 ということは動かない。

 『日本書紀』の編集者が当てた

 磤馭盧(インギョラ)という当て字がなければ、

 淤能碁呂という当て字は絶対に生まれない。

 これが『日本書紀』が先にあって

 『古事記』はそれを写したものだという動かない証拠、

 すなわち「決め手」なのである。

 『参照』

 『パーリ語』歴史徒然
 『パーリ語』歴史回廊

 『語句説明』

 『記紀』

 『古事記』

 『日本書紀』

 『淤能碁呂』オノゴロ島

 『国生み』

 『卑弥呼』

 『パーリ語』

 『伊弊諾尊』イザナギ

 『伊弉冉尊』イザナミ

 『履中天皇』

 『八幡大菩薩』『応神天皇』

 『帝都』

 『淡路島』

 『津名郡津名町』


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(2008/08/16(土) 09:31)

 『定義』に最も必要な「決め手」

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録23
   :3頁

 大学院講義録22で『記・紀』とは、

 仲哀天皇=ソナカの記事が動かぬ証拠で、

 「時間帯にルーズな、誤りに満ちた欠陥史書」

 だが「貴重な史実を集大成した、素晴らしい記録の宝庫」

 だという『定義』が得られた。

 これはもう今後、永遠に変わらない不動の定義である。

 それは一つの事件の記録が、飛び離れた時間帯に、

 全く別の事件のように編集されている事実が、

 反論できない「決め手」になっていて、

 どんなにしても否定も変更もできないからである。

 だから、こんな「決め手」がないと「定義」はできない。

 では『記・紀』には他にどんな「決め手」があるか見ていこう。

 『古事記』と『日本書紀』は

 どちらが先にあったか?という大問題がある。

 次はこれを『定義』してしまおう。

 伊弊諾(イザナキの)尊と

 伊弉冉(イザナミの)尊が

 『国生み』をしたとき、

 剣で海水を掻き混ぜて引き上げると、

 剣から滴り落ちた潮水が島になったという話の島の名を、

 『日本書紀』は

 「磤馭盧(インギョラ)」と書く。

 これはパーリ語の「インダ・キラ=帝柱」を、

 大隅語でインギーラ、

 薩摩語でインギョラと発音したものへの当て字で、

 2神が回った天の御柱の原語であり、

 今、淡路島に津名郡津名町という地名を

 残したパーリ語のツナ=柱も同じ意味をもつ、

 当時の淡路島だけを意味する独特の名詞で、

 『淡路島国生み』を象徴する、

 かけがえのない重要な地名なのである。

 『参照』

 『パーリ語』歴史徒然
 『パーリ語』歴史回廊

 『語句説明』

 『定義』

 『記紀』

 『古事記』

 『日本書紀』

 『仲哀天皇=ソナカ』

 『伊弊諾尊』イザナギ

 『伊弉冉尊』イザナミ

 『国生み』

 『淡路島』

 『津名郡津名町』

 『』

 『大化改新』

 『天武天皇』

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(2008/08/15(金) 11:49)

 筆者は多(太)人長ではない。太安萬侶の実体は僧侶

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録24
   :32頁
 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録25(再掲)
   :32頁

 だからその人物には『正史』を書こうという意欲はなかった。

 それよりも手早く完成して、

 それでいて大衆向きがよくて、ベストセラーになるほうがよかった。

 それが『日本書紀』の七面倒な内容に比べて、

 『古事記』は歌づくしと言いたいほど歌謡を多用し、

 名乗りもみな読みガナ式に直し、

 事件を興味本位に要約している理由だ。

 だから先に彼は反体制家だと言ったが、それは仕事上のことで、

 彼自身が筋金入りだったわけではない。

 スポンサーの200氏族が掲載を要求した記事がそうなっていたのである。

 だから記事の出所(でどころ)は様々であり、書体もかわり、

 名乗りや地名の当て字も同じページでさえ異なっているのがある。

 ろくに校正もできなかったほど忙しかったことがわかる。

 このことが証言するのは、

 その筆者は多ノ人長ではないという事実である。

 彼はもっと神経質な学者タイブの人物である。

 校正もせずに世に出すようなまねはしない。

 では誰が本当の編集者か?

 それは会員の皆様に残された興味深々の課題である。

 しかしあれだけの漢文をこなした学識は普通ではない。

 どういう種類の人だったかわかっている。

 太安萬侶は「太=フト」で浮屠(フト)は僧侶、

 「安萬=アンマン」でヨルダンの首都名で、彼の姓。

 「アンマンという僧侶」が、

 従四位にのぼった人物の本来の実体だったのである。

 会員から大学院講義録24の「太安萬侶の布屠」を、

 も少し詳しくというお問い合わせがあったので、

 ここで追加申し上げる。

 安萬侶をあれほど宣伝して彼の子孫であることを誇りとした

 多人長らが

 何故?名誉ある

 「太」姓を捨てて多に変えたのか?という疑問に、

 答が完備している。

 「姓・かばね」は「八種(やくさ)の姓」制定で

 御存知の通り自称ではなく官製である。

 以後官位に付随して認定されたもので、

 地位偽称の恐れがあるところから、

 自称も改姓もできなかった。

 だから人長らが許可されたのには、

 それ相応の理由が必要だったのである。

 太と多を比較してみると、

 漢音は双方「タ」。

 和訓も双方「オオ」。

 異なる点はただ一つ「太」が「フト」と読めることだけだ。

 だから人長らが嫌ったのは、

 その「フト」だったと解るのである。

 その「フト」が意味するものは布屠だけで、それは僧侶のことだから、

 官製の「太」は、その「フト」に対して与えられたもので、

 安萬侶の本来の地位を表わしている。

 しかし大化大戦敗北により、仏教徒は排斥されて東北に逃げ、

 あるいは関東に追いやられて去り、

 僅かに残っていた者が天武天皇によって救済されたのである。

 ごく下級の太安萬侶が登用されたことは、

 僧は漢文の経典を学んでいる。

 その才能を修史に利用するため以外は考えられない、

 これが安萬侶と人長らに山積する謎を一挙に全部解く、

 唯一の明瞭な理由で証拠なのである。

 『語句説明』

 『ベストセラー』

 『正史』 

 『名乗り』

 『地名』

 『書体』

 『校正』

 『ヨルダン』

 『アンマン』

 『歴史書一覧』

 『太安萬侶』

 『本姓』

 『官位』

 『改姓』

 『漢音』

 『和訓』

 『大化改新』

 『天武天皇』

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(2008/08/14(木) 10:21)

 反政府文書『古事記』のスポンサーは200氏族

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録24
   :31頁

 では誰が?、

 いっ?、

 『古事記』を編集したか?が、

 その記事でわかるのであろうか?。

 残るページで『古事記』の記事全部を検討するわけにはいかないから、

 それに匹敵する証拠をご先にいれて、この問いにお答えすることにしよう。

 『古事記』には200以上の氏族の出自や由緒が書いてある。

 そこに書かれた人々は一応名門だということになる。

 いまからみれば人権無視の蛮行だが、

 名も無き百姓にはヨダレの出るような境遇だとされていた当時の社会では、

 実利の面からいえばそこに掲載されていることが

 非常に有利であったことは間違いない。

 正○位、従○位まで行かなくても、

 舎人ぐらいでも肩で風を切っていた時代である。

 『古事記』が勅撰になる『正史』かどうかで、

 その風の切れ方が違ったことは想像に難くない。

 こういう視点からみると

 『古事記』は後の『新撰姓氏録』の走りである。

 勅撰文書ではない。

 だれが書いたか?

 それは200氏族の敵ではない。

 それを手馴づけようとした舎人親王か、

 200氏族をスポンサーにした紳士録屋かのいずれかである。

 もっとも『日本書紀』も氏族を紹介はしているが、

 その数は100氏にも満たない。

 だから舎人親王が『紀』を奏上したあと、

 新たなスポンサーの要求に答えて誰かに編集させた可能性が強い。

 ところがその誰かが親王以上に反体制思想家だったのである。

 『語句説明』

 『古事記』

 『氏族』

 『名門』

 『舎人』

 『勅撰集』

 『正史』

 『新撰姓氏録』

 『舎人親王』 

 『紳士録』

 『日本書紀』


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(2008/08/14(木) 09:59)

 絶世の大天皇・卑弥呼が抹殺されている理由

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録24
   :30頁

 天之御中主(実は美知能宇斯=道の大人(うし))を

 最初の皇祖神として、

 本当は卑弥呼の宗女で仏教女王の壹與たちの父なのに、

 神に仕立てている。

 すぐ後に奈良の大仏が建立されたり、

 聖武天皇が「仏法の奴(やっこ)」などと自称するので、

 倭国崩壊後も仏教は安泰だったと錯覚するが、

 現実には倭国イコール仏教で、

 仏教は惨めな敗北者だったのである。

 その信仰の争いは一大宗教戦争だったのであり、

 その激烈な実態は前哨戦だった

 蘇我馬子と物部守屋の事件でも充分うかがい知ることが出来る。

 だから敗北者は絶対に浮かび上れない。

 仏教徒だと知られただけで役職を失うのである。

 それを最大に象徴しているのが『記・紀』ともに、

 仏教女王としての卑弥呼の巨大さを、

 徹底的に完全に抹消してしまっている事実である。

 後世の仁徳天皇以下が、

 中国の小政府・宋の小役人の地位でしかない

 『安東将軍』を確保するのに汲々としていた事実を考えると、

 親魏倭王という中国皇帝と対等の地位を獲た彼女が

 どれくらい偉大な天皇だったかよくわかるはずだが、

 その卑弥呼を倭迩迩日百襲姫というシャーマン扱いにしかせず、

 神功皇后として描いてもやはり似たような程度の扱い以上には出ていない。

 仏教の影は完全に払拭されていることがわかる。

 『記・紀』が本当の

 『正史』なら特筆大書しているはずの卑弥呼の扱いが、

 こうして全てを告白しているのである。


 『語句説明』

 『卑弥呼』

 『天之御中主神』

 『丹波道主王』

 『奈良の大仏』東大寺盧舎那仏像

 『聖武天皇』

 『蘇我馬子』

 『物部守屋』


 『古事記』

 『日本書紀』

 『記紀』

 『歴史書一覧』

 『日本の歴史書』

 『正史』

 『仁徳天皇』

 『倭の五王』安東将軍
 『5世紀』安東将軍

 『親魏倭王』

 『神功皇后』倭迩迩日百襲姫

 『シャーマン』

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(2008/08/13(水) 11:27)

 『日本書紀』と『古事記』の闘争と理由と証拠
 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録24
   :29頁

 ではなぜ?全体は同じなのに、内容に違いがあるのであろう?。

 それは先にみたように、編集者の立場が対立していたからだ。

 外観が同じなのは、

 こちらこそ本物の国史なのだと、

 主張し信じさせる必要があるからである。

 仮に自分が主張したい部分だけを提示してみても、

 それでは肝心の権威がない。

 それはお前個人の考えに過ぎない。

 歴史は『日本書紀』に書いてある。

 お前のは手前味噌の『家伝』にすぎない。

 と読んで貰えない。

 これこそ天皇たちが公認した本当の歴史だと、

 読者に信じてもらうのが、

 何をおいても先決条件なのだ。

 だから双方とも外観はそっくり同じ

 『正史』スタイルになっているのである。

 しかし中身まで同じでは、

 本当の目的である「自己主張」はできない。

 相手の記事のウソを指摘して、

 自分たちこそ本当の歴史を知る、

 その歴史ある国を造った貴族の一族なのだと

 信じて貰えなければ何にもならない。

 だから『古事記』は

 磤馭盧島を、わざとオノゴロ島に変えてしまった。

 その理由は、

 のちの『新撰姓氏録』が仁徳天皇系の人たちを

 一人も掲載していないことが、

 はっきり証言している。

 理由は、

 彼等はパーリ語を知る敗北者=旧倭国とは

 無関係だという主張なのである。

 それはまた、彼等が仏教徒であることを隠し

 否定する記事の質と量も証言している。

  『参照』
 『パーリ語』
 『パーリ語』

 『語句説明』

 『古事記』

 『日本書紀』

 『記紀』

 『歴史書一覧』

 『日本の歴史書』

 『正史』

 『日本の正史』

 『新撰姓氏録』

 『パーリ語』


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(2008/08/12(火) 10:46)

 『古事記』の方が「先」の履中天皇の名乗り

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録24
   :28頁

 これで

 『古事記』とは何か?

 『日本書紀』とは何か?

 という大問題に、

 ほぼ80%具体的な定義が、研究史上、始めてえられた。

 あとには出典の異なる個々の記録の分析と定義が残るだけである。

 残りのページを活用して、その実例を幾つかお話ししてみよう。

 履中天皇の名乗りは

 『日本書紀』は「去来穂別天皇」、

 『古事記』は「伊邪本和気命」と書いてある。

 これはイザナギのミコトという名乗りへの当て字だから、

 本当は「伊邪木命」だったのだから『古事記』の方が正しく、

 『日本書紀』の方が真相を誤魔化そうとしている、

 という結論が、すでに出ている。

 伊邪木が間違って伊邪本と書かれたものから去来穂という当て字が

 生まれたとみる以外にないからである。

 これは『古事記』は『日本書紀』を写したという結論とは、

 正反対の結論しか出ない例である。

 私たちが出した

 「『古事記』は『日本書紀』を写した」

 という結論は、

 変えなければいけないのであろうか?

 『古事記』は『日本書紀』を写したという結論は、

 記事が神代から始まって天皇の配列も

 『日本書紀』と同じだという

 『古事記』全体の「編集状態」が証拠になって出た結論だった。

 個々の記事の内容はまだ一部しか検討していないので、

 その結論は出ていないのである。

 『語句説明』

 『古事記』

 『日本書紀』

 『記紀』

 『履中天皇』

 『関連語句』歴史回廊(遷都)

 『ウバイド』
 『フェニキヤ』

 『地図』

 出典:小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書
 『メソポタミア世界』

 出典:Category:Mesopotamia - Wikimedia Commons
 『Category:Mesopotamia』

 『参考』
 歴史徒然:日本の誕生・日本語のルーツ・ウバイド・ウワイト・遷都

 小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書

 オックスフォード大学東洋学科シュメル文学

 シュメール古代史:Ancient Sumer History in Mesopotamia

 『テル・コサック・シャマリ』

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 『メソポタミア』
 『古代オリエントの地名一覧』
 『メソポタミア神話』
 『古代オリエントの用語一覧』
 『必見メソポタミア文明情報サイト』 

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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(2008/08/11(月) 13:24)

 求めるのは「完全な編集」でなく「史実の確認」

 出典:加治木義博『言語復原史学会』大学院講義録24
   :27頁

 以上の経緯がわかると、

 『古事記』序文が書く

 天武天皇の言葉も全くの作り事ではないことが、

 はっきりわかる。

 『古事記』は後世の作品ではあっても、

 事実に基づいて書かれている。

 この点は、

 『日本書紀』のソナカ=仲哀天皇と

 卑弥呼の記事が分散していたのと同じで、

 時間帯はウソだがそれは編集者の罪で、

 記事の内容は史実なのと似ている。

 時代がウソだから、

 全部ウソで固めてあるという説は短絡である。

 左翼学者がその時間帯のウソを理由に、

 『古事記』全体を抹殺した行為は、徒労だったのである。

 私たちが『記・紀』に求めているのは史実の確認である。

 決して「完全な編集」を求めているのではない。

 だから『古事記』が宝の山であることは変わらない。

 短絡説に支配されて抹殺してしまっては、

 史家の名にみずから泥を塗ることにしかならない。

 私たちは『記・紀』が

 「拙(まず)く」?

 あるいは

 「巧妙に」?編集した、

 それらの史実を検討して正しく復元しなければならない。

 それも読者から非難されないように、

 史実だとみとめた理由を明記しておかねばならない。

 戦前の右翼のように『古事記』は絶対だ、

 などといって誤魔化すような卑怯な真似は許されない。

 そんなことしか出来ないのなら、

 建国史以外にも幾らでも仕事はある。

 『記・紀』研究史は残念ながら粗雑すぎたのである。

 『語句説明』

 『古事記』
 『序第2段 『古事記』撰録の発端』

 『日本書紀』

 『仲哀天皇』ソナカ

 『卑弥呼』

 『記紀』


 『関連語句』歴史回廊(遷都)

 『ウバイド』
 『フェニキヤ』

 『地図』

 出典:小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書
 『メソポタミア世界』

 出典:Category:Mesopotamia - Wikimedia Commons
 『Category:Mesopotamia』

 『参考』
 歴史徒然:日本の誕生・日本語のルーツ・ウバイド・ウワイト・遷都

 小林登志子『シュメル−人類最古の文明』:中公新書

 オックスフォード大学東洋学科シュメル文学

 シュメール古代史:Ancient Sumer History in Mesopotamia

 『テル・コサック・シャマリ』

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(2008/08/10(日) 10:12)

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